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八王子大空襲前後の事など

八王子大空襲前後の事など

昭和20年8月2日(1945)多摩最大の都市八王子市はアメリカ軍のB29戦略爆撃機数百機による焼夷弾攻撃におそわれ、一夜にして市街の大部分が焼野原と化した。昭和20年(1945)8月15日の終戦の2週間前のことである。

東京はすでに3月10日に米軍のB29戦略爆撃機300機による大空襲を受け、下町を中心に市街の大部分を焼失し、10万人の死者を出していた。私はこの年、現役兵としてソ満国境(中ロ国境)の警備に当っていたが沖縄の米軍占領に伴い、次は九州に米軍が上陸することを想定した陸軍の方針により、昭和20年(1945)4月10日ソ満国境に近い山神府から鉄道で北朝鮮の羅津の港に到着し、ここから輸送船で日本海を渡って博多港に上陸し、博多(福岡)の警備に当っていた。召集が解除されるまで家の事はよく解らなかったが、10月1日に復員して聞いた所では、母は八王子大空襲の日、空襲の警報が鳴ったので、家の前の防空壕に入ったが、防空壕の中は温度が冷たいため一度回復していた脳梗塞が再発して亡くなった。幸いその頃、婚約者として一週間に一度位家に来ていた妻が一緒に防空壕に入っていたため、外へ出すことは出来たが、そのまま生きかえることはなかった。

こうして私は母の死に目に会う事は出来なかった。八王子の大空襲のことも復員してはじめて聞いたが、八王子では私の知っている文化財などもほとんど焼失したようで、現在拝島町(当時拝島村)に残っている3台の人形式屋台(屋根のあるものを屋台と言い屋根のないものを山車と言い、祭礼の時にその上で歌舞音曲を派手に行う移動式舞台のこと。)も八王子の屋台を参考にしたもので、八王子には30台位あったが今は1,2台しか残っていないと言う。その屋台は1本柱方式と言って、屋台の中央に1本柱を建て、その上に連台と人形をたてる珍しい方式のもので、八王子ではその後大部分が復元されたが、元のものは前述したようにほんの数台しか残っていないと言う。

サンドイッチマン 昭和32年(1957) 八王子駅前
サンドイッチマン 昭和32年(1957) 八王子駅前

 

神社仏閣などもその後再建されたが、元の建造物は残っているものが少ないと言うので、多摩をテーマとして60年位写真を撮っていた私は、最初はあまり興味がなく、ほとんど八王子へ行かなかった。しかし3年半位前から娘達のすすめによって、多摩の郷土史のようなものをエッセイとして書き始め、八王子への興味がよみがえり、本年になってから徳川家康に従って初代八王子代官となって現代八王子の創始者となった大久保長安の陣屋跡にある、産千代稲荷神社に行って、神主さんから当時の話を聞いたり、武田家滅亡後八王子へのがれた松姫を記念して全市にわたって行われた第1回松姫祭りも見に行ったりした。

ゆりかもめとおしどり 平成2年1月(1990) 八王子市 浅川
ゆりかもめとおしどり 平成2年1月(1990) 八王子市 浅川

 

しかし一番興味があったのは、戦争から復員して聞いた色々なうわさ話である。例えば、八王子が潰滅的打撃を受けたのは戦時中八王子で「風船爆弾」を造っていたからだと言う話がある。「風船爆弾」とは風船に爆弾を吊して東日本の太平洋沿岸から偏西風に乗せてアメリカ本土の西海岸に落して爆発させるもので、陸軍が考案したが、実際は西海岸に数発落下した程度で効果はなかったと言う。八王子で造っていたと言うのも真偽が明かでないが、少なくとも当時八王子では、パラシュートや国民服(戦時体制下で一般国民が着る軍服のような服)を造っていた事は事実である。八王子は織物の盛んな町であったから、当然考えられる話ではある。さらに驚いたうわさ話は、風船爆弾やパラシュートを製造するため戦時中軍が買上げた大量の絹が白壁の蔵に貯蔵されていたが、中には焼残ったものもあった。その絹を焼けた事にして近隣の人が持出し、自分の物にして高く売って皆金持になり、よその村や町の有力者になったと言う話である。この話は当時広く流布されていたが、今となっては真相はよく解らない。しかし「火のない所に煙は立たない」と言うことわざもあるから、幾分かの真実は含んでいると思う。

この噂に刺激されたのか、私の家の近くでも絹糸を造っていた製糸工場の蔵が車に乗った犯人に襲撃されるのを見た。蔵の鍵が開かなかったためか、蔵から絹を盗むのはあきらめ、逃げる途中かけつけたピストルを持った警察官とばったり会い、1対1で対峙するのを見た。結局警察官が発砲しないうちに犯人は車へ飛び乗って逃げ、犯行は未遂に終ったが、その時の光景は70年たった今日でも私の目にはっきり残っている。

2018-07-24 10:46:00

榎本良三のエッセイ