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シーラカンス 「生きた化石」との遭遇

シーラカンス 「生きた化石」との遭遇

シーラカンス 「生きた化石」との遭遇

坂本謙郎

 「生きた化石」として20世紀最大の生物学上の大発見とされるシーラカンスの発見と、南アフリカの魚類学者J・L・B・スミス博士(James Leonard Brierley Smith)を巡るドラマチックなエピソードは、科学史において非常に有名なロマンあふれる物語である。コモロ諸島とスミス博士を繋ぐ、一連の劇的なエピソードを整理してご紹介する。

 シーラカンス(Coelacanth)が最初に発見されたのは1938年12月22日、当時イギリス領であった南アフリカのイーストロンドンのチャルムナ川の沖だった。発見者のコートネル・ラティマ女史はイーストロンドンの博物館の若い学芸員で、この地元の漁師が捕獲した奇妙な青い魚(全長約1.5メートル、ヒレが四肢のように動く)がただものではないと直感し、直ちにグラハムタウンのローズ大学の魚類学者J.B.スミス博士に手紙とスケッチを送った。

 当時、シーラカンスは約6,500万年前(恐竜の時代)に絶滅したと考えられていた。連絡を受けたスミス博士が1939年2月に実物を確認した際、それがまさしく絶滅したはずのシーラカンスであると分かり、世界中の学界がひっくり返るような大騒ぎとなった。

 この発見は、恐竜が発見されたとき同様に世界の生物学者を驚かせ、20世紀最大の生物学的発見と云われた。何故ならシーラカンスは恐竜時代に、彼らともに絶滅したと信じられていたからだ。

 スミス博士は、この魚を発見したコートネル・ラティマ女史と、とれた場所チャムナル川を記念して、ラティメリア・カルムナエ(Latimeria Charimunae)と命名した。

 最初に発見された個体は、すでに剥製にされていて内臓やエラが失われていたため、スミス博士は内部構造を研究するために「内臓が完全な2匹目の個体」をどうしても手に入れたいと願っていた。 しかし、どこに生息しているのか全く分からず、第二次世界大戦を挟んで10年以上見つからなかった。

 しびれを切らしたスミス博士は1952年、東アフリカ沿岸やマダガスカル周辺の港町に「この魚の情報、あるいは実物を持ってくれば賞金100ポンド(当時としては大変な大金)を支払う」という手製のチラシを大量に配りまくった。

 1952年12月、南アフリカの北東、フランス領(当時)のコモロ諸島(マダガスカルの北西)のアンジュアン島で、漁師が2匹目のシーラカンスを釣り上げ、現地のエージェントからスミス博士のもとに「それらしき魚が捕まった」と電報が届いた。 

 魚が腐敗すれば内部構造の研究が台無しになってしまう。一刻を争う事態に、スミス博士は当時の南アフリカ首相ダニエル・フランソワ・マランに直談判し、空軍の軍用機(ダコタ機)を丸ごとチャーターする許可を取り付けた。

 スミス博士は自ら軍用機に乗り込んでコモロ諸島の現地へ飛び、ついに2匹目の実物と対面した。本物のシーラカンスを目の前にした博士は、感極まってその魚をしっかりと抱きしめ、喜びのあまり一睡もせずに夜を明かしたという有名なエピソードが残されている。

 コモロ諸島こそがシーラカンスの主要な生息地(の一箇所)であることがこの時判明し、以降、同諸島周辺の深海から丸木舟などを使った漁によって、数多くの個体が継続的に見つかるようになった。

 スミス博士の14年越しの執念と、コモロ諸島の漁師たちの日常が交差したことによって、「太古の昔に絶滅したはずの生物が、今もひっそりと深海で生き続けている」という現代の生物学における最大のロマンが証明された。

 次に別なシーラカンスが発見されたのは1997年のことだった

場所は第一発見場所アフリカのコモロ諸島から10,000㎞も離れたインドネシアのスラウエシ島付近だった。発見者はインドネシアのスラウエシ島を新婚旅行中のアメリカ人で、マーク・アートマンはマナドの魚市場で巨大魚を見つけ、写真を撮った。だがその個体は消えてしまった。彼はその後、漁師から情報を集め、ついに翌年2月にシーラカンスを発見、標本として確保された。その後DNAの解析によって、アフリカの種とは別だと判明した。インドネシアのシーラカンスはラテイメリア・メナドエンシス(Latimeria Menadoensis)なる学名がつけられた。

 2種のDNA分析結果から、この2つの種が枝分かれしたのは今から3500万年前と推定されている。

 2種とも地球上の温暖で外敵の少ない陸に近い深海に住んでいたため、生き残ったのだろう。もし、これに近い条件のところがあれば、さらに生存場所が見つかるかもしれない。

 シーラカンス(Coelucanth)の名称はグループ全体の総称として使用されている。出土した化石によるとシーラカンスは約4億年前の古生代デボン紀に出現し、その姿をほとんど変えずに生存していたが、恐竜と同じ約6550万年前に他の生物と同じように絶滅したと思われていた。

 シーラカンスの仲間は今から千億年前に地球上に現れたと推測されている。化石は約130種が知られており、そのほとんどは絶滅して姿を消したが、今なお2種のシーラカンスは深海にひっそりと暮らしているということになる。

 シーラカンスは肉食性で、海中を漂いながら近づいてきた魚類・イカ・タコ などの頭足類、甲殻類を吸い込んで捕食する。

 通常の魚は固い骨格で体を支えているが、シーラカンスの骨格は軟骨が主体となっており、骨化した部分も混在している。

 化石を含む遺伝物資の分析結果から、現世界の生物と違い、遺伝の進化速度がかなり遅いことがわかっている。

 つまり、現在の生物とは違ったDNA系統であるとともに、まったく異なる時空に生きているとも言えよう。 

【シーラカンス博物館】

 日本でシーラカンスの標本が見られるところは、静岡県沼津市にある沼津港深海水族館「シーラカンス・ミュージアム」で、世界で唯一、貴重な冷凍個体2体と剝製3体の合計5体が展示されている。

 日本の学術調査隊がアフリカのコモロ地方の人々と協力して、3回にわたる調査の結果、5匹を日本にもって帰った。

 3匹は剝製、2匹は-20℃の冷凍保存した形で見られる。

シーラカンス
沼津港深海水族館「シーラカンス・ミュージアム」サイトより

場所:静岡県沼津市千本港町83(沼津港内)
アクセス:JR東海「沼津駅」南口よりバスで15分「沼津港」下車
    又はタクシー5~10分
営業時間:10~18時 年中無休
入館料:大人1800円 小中学生900円 幼児400円

当館は、世界で唯一の深海に特化した水族館で、いろいろな深海生き物の展示がある。
 

2026-09-10 16:12:51

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